今日は、1日いろいろありました。

朝8時30分に、子供の用事のため子供を送った後、有楽町の東京国際フォーラムで開催されている「日本緩和医療学会」に子供を迎えに行くまでの2時間半参加しました。

田村恵子さんのスピリチュアリテイ-のシンポジウムが印象的でした。

ポスターセッションをざっと見て、学習し、あわただしく会場を回りました。

午後、小学校4年の次男と友人を連れて、ホタルを見に行きました。

この時期にしかできないことで、私自身やるべきことはたくさんありましたが、子供たちに自然の営みを見せたいと思い、高速で栃木までいきました。

アジサイ祭りをしているお寺に行き、梅雨の合間の散策を楽しみ、露天風呂にいきました。

隣の男性風呂からの子供たちの楽しそうな声をききながら、ゆっくりし、その後夕食をとり、8時すぎから山へむかいました。

本当に何もない、街灯はもちろん、車がやっと1台通れる山道、すぐ横は崖の下に川が流れ、車のすれ違いはできない状況で、そのままいくと行き止まりの林道です。

子供の友人は、ホタルはみたことがなく、こんな真っ暗な山の中に来ることもなく、わが子も東京生まれで、暗闇をものすごく怖がり、外に出ようとしませんでした。

車を止めて、灯りをけすと、本当に真っ暗です。

涙声の子供たちの姿と私自身もぞっとするような闇とかえるや山の中から聞こえる動物の声に、思わずみんなで手をつなぎました。互いの顔は見えませんが、つないだ手の感触が唯一安心を与えてくれました。

何度も道に掲げてあった「熊に注意」の看板もあり、自然の中での人間の無力、私たちには太刀打ちできない大きなものへの畏敬の念が生まれました。

ふと、今日の学会で、投げかけられ、ずっと考えていたがん患者さんのスピリチュアルペイン、自分の存在、霊的な痛みを考えました。自分の力ではどうしようもない「死」、自然の中では、すべての生き物がその「死」を受け止め、地球の営みの一部としての自分を受け入れて、次の命へのリレーを行うことと、自分も生き物であり、命が尽き、他の生き物と同様に地球の営みに逆らえないということ命をつなげることを考えることに向き合うこと。

この暗闇への恐怖以上の恐怖をベッドの上で、一人で抱えている患者さんの顔を思い浮かべました。

そんなとき、つなげた手の寄り添いがどれだけ大切なことか。

言葉もいらないし、看護師かどうかなんて問題ではなく、ただ、その恐怖を同じ「死」を迎える同志として、手をつなぐことが大切だとおもいました。

そのあと、ホタルが私たちの前にきてくれました。

やさしい、それはそれはこころ穏やかな、恐怖心がやわらぐ灯りでした。

東京の街ではそのホタルの灯りに気づくこともないでしょうが、この暗闇では、なんと涙があふれるくらいに心に響くことでしょう。

初めてみた子供は、涙がでそう・・・と呟いていました。

眩しい白熱灯の社会で生きているものには、この暗闇のなかのホタルの灯りが見つからないし、思い浮かばない、白熱灯のなかで、「ターミナルケアとは、緩和ケアとは、スピリチュアルケアとは」と考えている看護師の姿に重なりました。

私たちは、「死」という地球の生き物として、人間としてどう向き合うのか、その「死」とは、どのような五感の中の出来事なのか、もっとイメージしなければならないと思いました。

自然のなかで、畏敬の念をもち、自分の存在を感じる機会が必要だと思います。

22時20分に無事子供の友人を送り、我が家に帰りました。

自然のなかに行き、いろんなことを深く考えれたと思いました。